2015/02/27

寒寒寒温温温温

いやいや、この冬はずっとそんなに寒くはなかった。-20℃を見ていないもの。18だって1回か2回あったかどうか。寒すぎて降らないはずが、どっさり積もったということは、やはり暖かかったからではないか。もちろん平地のものさしは全く当てはまらないけれど。

恒例の2月の雨を過ごし、この頃の気温はプラスもマイナスもひと桁。すこしずつ暖かくなってゆきつつ、それでもこれからまだまだ雪をみて(ちなみに今日も吹雪だった)、遅い春を待つ日々。「まめが宝」まめ=健康。画像は貝豆、北の大地から連れて帰ってつくり繋いで何年経っただろうか、模様のない真っ黒な個体がいくつも出てくるようになった。行き止まりに向かっているのかどうか、それは豆に尋ねてもわからないだろう。

20150227

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2015/02/10

休み休み

言いたいことや書きたいことがないわけではありませんし、心身ともに元気ですが、ここにこうして書くことは間遠になってしまっています。いろいろかつスピーディーな手段があり、大抵の場合、日付を跨がないような時間で便利にやりとりが進んでしまう昨今、このスタイル自体すでに置き去られたようにも思います。

流れの中にあって知らず知らずのうちに急いでしまいがちですが、わたくしを見失わないように。しかし、わたくしというものをそうそうあまり重くとらえることもないようでもあります。わたくしがわたくしについて考え込むと何もできなくなりそうなので、ほどほどでまるくなって眠るってものでしょう。

20150210

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2015/01/17

願わくば

最近気になることを芋づる式に。

お山が噴煙を上げている日とそうでない日、あるいは少ない日があるのはなぜ?

こう考えてみた:雪が降り積もって噴火口を蓋して噴煙が止まり、やがて山からの熱で融けたら再び噴煙が上がるのでは?

西行は富士のお山の煙を詠んでいるけれど、ほんまに見たんか?

噴火史を斜め読みすると、存命中に噴火した記録があるようだ。奥州への行きがけに見たんじゃないか説はつじつまが合う。

では、源(木曽)義仲はお山のことをどのように認識していたか?

お山に何か願掛けしたという記録があるという情報が嘘か真実か確かめようもないけれど、まあ木曽にいたなら知ってたと考えるのが妥当。そして、存命中も含めて噴火の記録はないようだ。

覚明上人はお山への道をひらいたそうだけど、火山と認識してたのかな?

わかってたかもしれないけれど、大丈夫大丈夫〜、有史以来噴火してないし最早もと火山だねって感じだったのかも。

思考は細い糸みたいにまだまだ続く。この世にお山のある限り、お山のそばにわたくしがいる限り。いや、いなくてもだな。気持ちはいつも西行。ことばにしてもしなくても。

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2015/01/15

やまないやむときやめば

麓に住んでまる8年、通うようになって10年くらいでこう。これから10年後はどうだろうか?考えても仕方がないな。ただただ、あるようにあるのみ。

20150115

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2015/01/06

この白き道

ぶつくさ言ってみたり抵抗してみたりしつつ、命ある限りどこまでも。できれば笑っていたいけれどそうばかりもいかないな。

まあいいか。今日も雪は降るし、そしてまた降るのだし。

20150106

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2014/12/17

祈/折

いろいろ折れて、折れないもの折りたくないものをなんとか折って、ぼきぼきに折れながら、それでも昨日今日明日と暮らしている。誰でもみんなそうなのだと思う。お金で解決する人もいるかもしれないけれど、わたくしは残念ながらそれは全てにおいてできなかったし、今もできないし、これからもたぶんできない。数しれず折れるばかりで、年月経てやたら折が得意になっていく。

お祈りします、ありがとう、あなたもねとお祈り返し、温かいやりとりにみえて、実際のところ無責任で根っこが感じられない。よく似た字の「折」は今そこにある事実で、自分持ち、偏がちょっと違うだけなのに残酷だけど、わかりやすいな。

朝のドラマをみてひとりで思いっきり泣いた。彼女はわたくし。ちいさいひとの写真の年賀状わたくしは結構ですからほかのお友達にさしあげてください、って、くださるかたに申し上げるわけにもいかず、またひと折、そのうえ、ありがとうと腰を折る。そうじゃない、それじゃないと思いつつの「折」。この頃、涙はすぐ乾く。
誰にも代わってもらえない、もろもろの「折」と「折り合って」、日々。くやしい、かなしい、さみしい、怒り、これらの黒い感情はきっと自分の明るい力に転換できると信じたくても、やっぱり信じられなくて折とだらだら同居。文章の冒頭に戻って、無限の繰り返しを読み直すのみ。

さて、紅茶一杯飲んで除雪の続きを。かわいそうなわたくしはわたくしの人生に不要だ。

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2014/12/07

そらとやまとゆきとひとといたと

白い日々がいきなり、思ったより早くやってきた。

滑るのは諸事情によりもうしばらく先。だから、ノルディックスタイルではじめよう。案外難しくて、とても面白いよ。

20141207

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2014/12/02

なるほどそれはそうかもねかんがえてみれば

最近知ったこと。

臓器提供と献体の「どちらも」はできないのだそうだ。
急いで使いたいところだけ先にとって、残りもどうぞお使いください・・・・とはいかないのね。

ふうむ。
どうしてくれよう?

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2014/11/25

このごろなんだかんだいろいろかくかくしかじかつぎつぎ

「いろいろあって」と声にだしたり文字にしたりすると、言いわけがましくきこえなくもありませんが、ほんとうにたたみかけるようにいろいろな弾が、刃が、体の寸前をかすめては通過していく感じが続いています。うまくよけているのかな?しかし、飛んでくるものは飛んでくることをいったん認識しなくては、よけることもできないことだけは確かです。

災害、口害、また災害そしてまた口害。直接に弾や刃が当たらなくとも、こたえます。気がつけばそのことを考えていて、上の空のような、乾いたような状態。言った人はきっと言ってしまえばおしまいで無関心。しかし、受け止める側はそうではないんだよ。

もしあなただったら、どうしますか?
もし自分だったら、どうするでしょう?

いろいろあるのは気のせい?若かったころは考えなかったであろうあたりに考えが及び、苦しいことが多くなっただけ?どこかに荷物を下ろすか、しかし置き場所ひとつにもお金がいる、探すのに手間がかかることもあることを思うと、抱えられる気力体力を維持するほうがいいのかな。一気に放り出すっていう手もなくはないけれど、誰かの放ったものが自分の上から降ってくると思うとそれは嫌だから、できない相談です。

ずっと欲しかったけれど我慢していたポットを買いました。798円なり。小さい望みなんだけど叶えるのにいったい何年越し?

20141125

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2014/11/20

冬へ

お山は引き続き噴き上げているけれど、時とともにだんだん少なくなってはきたのかな。

次にあの大斜面を滑るのはいつの日か、いやそれとも、チャンスは二度とないのか、まだわからない。ますます閉塞するので考えるのはよそう。

それでも見上げる。見上げずには生きていられない人ばかり、ここにいる。時計のように、カレンダーのように、家族のように、その他、理由は人それぞれ、いろいろだけど。

20141120

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