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2014/10/30

ダイジョウブ

この頃、最も不思議な日本語のひとつがこれ。

「お水ダイジョウブですか?」
「ダイジョウブです」
「今ダイジョウブですか?」
「ダイジョウブです」
「風邪ダイジョウブですか?」
「ダイジョウブです」

何がどうダイジョウブなの?

我々はたまたまお山がダイジョウブなときに一生の一部の時間を過ごしていてダイジョウブなわけで、またダイジョウブじゃなかったひともあるわけで。

だから何がどうダイジョウブなの!
ぜーんぜん、ダイジョウブじゃないよ、全く。

寝ても
さめても
お山はそこにある
見えなくてもそこにある
ていうかわたくしたちがお山のそばにいる

ダイジョウブダイジョウブちょっとどうなるかわかんないだけでダイジョウブ。
心配したところで何も変わらないダイジョウブ。

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2014/10/24

かれをばな

カラフルな紅葉もいいけれど、用事の終わったすすきも捨てがたい。

さて、今年の出店クライマックスシリーズ3連戦がはじまるよ。風に吹かれて流れて乗り切りたいもんだな。

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2014/10/17

かたちあるものは

いつかコワレマス

でも、もうコワレテマス

ずっとキシキシ鳴いていたポンコツぶもニーは、前脚の付根を骨折していたことが判明。仕方ないね、お年寄りで野良のクルマだから。

いろいろ考え合わせて、自家修理がんばるという選択肢しかないようです。

ものが壊れる分、人間がかしこくなっていくというものか?便利に囲まれていると不便だとわかるこの暮らしです。

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2014/10/07

『噴』

お山は噴煙を吹く、それならばわたくしは毒を吐こう。

まず、自然の出来事にたいして責任どうこう言う人がいるらしいことに驚く。山はテーマパークじゃない。でも人ってそういう下司な話題が好きだよね。だから報道も余計にあおり立てるわけだし、やたらタヌキ掘りする。ばかばかしいことほど丸めておけないってもんだ。

商売上でも、私生活でも、来る来る言って来ない人、買う買う言って買わない人、何かと言ってくるわりにこちらからメールやメッセージなどの働きかけをしてもなしのつぶての人や反応の芳しくない人、いろいろ、いっぱい出会う。あーあ、またか。気にすると体と心がもたないので、がっかりしたくないからなるべく期待しないことにしているし、大体においてそういう人は最初からそういう臭いが漂う。だから、例えば、値切りたがったりとか、ちょっと他のお店も見て検討しますって言われたら「どうぞ(他で)ご納得の行くお買い物をなさってくださいね」とご挨拶することにしているし、自分から持ちかけてきた商談を自分からなかったことにしたがる人には「よくあることですので」とキッパリ返す。

行間に込めた真意をチクリと感じてくれればしめたものだけど、決して期待してはいけない。そこから先は幸いわたくしはほぼ関わりなく人生を過ごせる場合が多いから。そんなことで壊れて困る人間関係なら、将来きっとめんどくさくなって先細るんじゃないかな。

これらは皆、わたくしへの教え。ちっぽけなわたくしに、誰が一生懸命教えてくれようとしてるのか知らないけどさ。

不言実行とはよく言ったもので、先日も遠くの友が突然、黙って高原に現れた。車の荷室はあちこちの直売所で買い求めた野菜でいっぱいだったよ。しばらく止まっていた時間、そこから時計が当たり前のようにカチコチと動き出す。いつも通りお互い元気で会えたことに感謝。むらがあるということとメリハリがあるということは似ているようでも真逆だ、と思った。

元気で今の暮らしをできる時間は長いかもしれないが案外短いかもしれない、と思うと、いろんなことにさっぱりせざるを得なくなる。

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2014/10/03

9.27から6日

お山の上で「救助」を待つ「人々」は既にbodyなのだと海外ニュースに突きつけられる現実。いつか死ぬのはしょうがない、という内容の最近読んだお医者さんのコラムとどこかつながり、かさなる。

では生きている人のできることは?今日できることをやること。シンプルにそれだけ。例えば、終わったと思った黄緑色のボールとのおつきあいが復活、まだまだ続く、とか、そういうこと。

シンプルに考えられない人が世の中にたくさんいて、自分もしばしばそのひとりであることよ。しかし今回はそうじゃない。近すぎて、リアルすぎて。

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